当たり前のものには存在意義を感じない

よくインターネットが当たり前の存在で育ってきた人は,インターネットに愛着が持てないと言う.

新しいイノベーションが生まれた時に感じる意味は,これまでできなかったことができるようになったという差分に宿る

思い起こすと僕も写真の意味や素晴らしさというのをあまり理解していない.それが当たり前で育ってきたが故に,その意味を深掘りする知識がないようだ.

むしろ写真やカメラと言うのは,育ってくる過程で,economic animalみたいな文脈で,イケてない日本人の象徴というイメージが強くて「カメラをかざす日本人はダサい」というイメージのほうがなにげに強かったりする.

実際は,カメラはビックカメラのようなそれを冠にしたビジネスが存在し,世界中で日本製のカメラは使われている.

みんなが使うイノベーションに対して,普及しきったタイミングで,本来それが存在する意味を深掘りし,当たり前の日常を捨てて,改めてサービスを作るという方法論はとても良い方法論かもしれない.

それが自覚的だったのか無自覚なのかはわからないが多分,InstergramとかSnapchatというのは,そういう流れで出てきたような気がする.

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