クソ野郎の数がスタートアップの成否を決める

Huluで配信されている「シリコン・バレー」というスタートアップを描いたドラマがある。

主人公のリチャードは、いわゆる非コミュで、少し偏執的でオタクのエンジニア。彼が開発した技術が優れていて、同じシェアハウスにいた腕利きだがワガママなエンジニア達と起業するのだが、元々、ライバルだった彼らは、お互いの立場を譲らない。

シーズン1の2話で、リチャードのエンジェルであるアーリックが言うセリフがある。

「お前は会社のためにイヤな奴になれ」

リチャードは、非常に優しい奴で、ワガママなアーリックに対しても、他のメンバーに対しても、文句を言えない。

投資家から、スリムな組織にするという要求を受けたリチャードは、同じシェアハウスのメンバーから、誰をメンバーにして、どのようなストックオプションの配分にするかで揉める。リチャードの親友で、良い奴だが能力のないビッグヘッドを切ることができない中で、メンバーから突き上げを食らった後で、少しイヤなやつになって成長するという話がある。

実際はこの後も、クソ野郎になりきれないリチャードは良い奴すぎて、その優しさが故に幾度も会社を窮地に陥れるわけだが、「オタクで良い奴のサクセスストーリー」として見ると非常に面白い。

さて、彼らのロールモデルになっている元祖クソ野郎である、スティーブ・ジョブズの映画を見た。

2013年に上映された方ではなく、2016年に上映された映画である。こちらの方がプロダクトと人間模様が連動した形で描かれていて僕は好きだった。

ウォズのプロダクトであったApple IIと、時代が早すぎたMacintoshの構図。そして、失脚、NeXTという刺客を通じてAppleに返り咲いたジョブズは、iMacでようやく早すぎたMacのフィロソフィーを成就させるというストーリーである。

クローズドシステムで、誰でも使えるマシンを作るという理想を掲げるジョブズは、それを実現するための表現やプロダクト設計の部分で、周りと対立する。

拡張スロットが8個か2個かでの議論。マニアには拡張スロットこそが喜ばれるとウォズの言うことを聞いて成功したApple II、ジョブズにとってはどうでもよいプロダクトであった。彼の理想は、拡張スロットなどついておらず、GUIで子供でも直感的に使えるMacintosh。

ところが時代が早すぎて、ハードウエアスペックがGUIに追いつかない。それ故に、デモの発表会で、メモリを製品版よりも増やして乗り切る。
そこで仲間を脅してしまうが、自分のプロダクトのポテンシャルを信じるが故に、人間に対してクソ野郎になることを躊躇しない。

それ故に、発表会は成功し、期待は膨らむが、ハードウエアのコストや性能の制約の現実は、まだ当時は変えることができずに、失脚していく。

その次にNeXT。完全な立方体に見える筐体を作る完璧主義で周りをドン引きさせる一方で、NeXT OSは、Appleが買収したくなるOSとして作っていたというストーリー。自分がいなくなると、製品の革新が止まるとわかっていたジョブズは、実はNeXT社を通じて、Appleの新規開発をしていたという流れ。オブジェクト指向で作られた、そのOSは、その後、OSX、iOSへと進化して今も受け継がれています。

その後、業績不振に陥るAppleに返り咲いたジョブズは、iMacを発表するのだが、その手前で製品開発を止めたNewtonについて、ジョン・スカリーから、自分へのあてつけで開発を止めたんだろうという指摘に対して、

「スタイラスがよくない。5本指で使えないだろ?」

と指摘します。当時のタッチパネルは、コスト的にもアナログ抵抗膜方式が主流で、スタイラスを必要とするのが常識でした。

ジョブズの周りのメンバーは、「ジョブズっぽいプロダクト」を考えても、現状の技術に対して素直に従ってしまうためうまくいきません。Newtonがスタイラスが必要であったことや、貧弱な文字認識で使えないと描かれていました。

それに対して、ジョブズは、技術よりも理想的なビジョンを持っていて、妥協することなく、技術を理想にあわせさせます。

これを真摯に貫くと、周りにいるエンジニアにとっては辛すぎるわけです。

特に技術力のないエンジニアはついていけません。だから一流のメンバーしかいらない、とウォズと喧嘩するシーンがあります。

良いヤツの代表例であるウォズとは徹底的に対峙しますが、技術に対して甘えを許さない真摯さこそが、非エンジニアだからこそできる、ジョブズのクソ野郎であるポイントです。

この映画では描かれていませんが、Newtonがアナログ抵抗膜方式だったのに対して、iPhoneは静電容量方式のタッチパネルです。高級品であった静電容量方式のタッチパネルを値下げさせたのはジョブズの功績と言えるでしょう。そしてマルチタッチを実現し、ゲームのUIとしても成功させ、モバイルの時代を完全に変えました。

その代わり、ガラスが必要なこのタッチパネルは、モバイルとしては致命的で落とすと割れます。

この製品は、今でも世界中の人達を困らせています。Appleもすっかりタッチパネル液晶の保険業みたいにさえなっています。

しかし、僕らは今更、アナログ抵抗膜のしょぼいタッチパネルには戻れません。

こんなことはクソ野郎であるジョブズでしか成功できなかったわけです。

これまでの視野で見えている範囲のユーザーニーズに従うのではなく、新しいユーザーニーズを作り出し、そこに熱狂させる力がすごかった。

それ以外にも、Appleは幾度も価格のイノベーションを実現しています。

マニアしか買わないと言われていた高級部材を、優れたマーケティングと、素敵なUXの元で当たり前のものにしていくというのはAppleの得意技でした。タッチパネルに限らず、マウス、1.8インチのHDD、ハイスペックCPU(core i7など)、IPS液晶などなど。

WindowsマシンやAndroidマシンでは、ユーザニーズを掘り起こせずローエンドのエントリスペックで覆い尽くされてしまうのとは対照的です。

このおかげで日本は韓国は相当恩恵を受けています。良い部材は作れるけど、良い使い方を定着させるのは苦手なようで、Appleさまさまです。

さて、スタートアップの話に戻すと、技術や人の限界に妥協することなく、クソ野郎を貫き通すことは、スタートアップとしての重要な成功要素になります。

ジョブズがクソ野郎の側面と、NeXTの製品設計のような老獪さを持っているビジネス的にも優れた人物である、という前提は当然置いておきますが、いろんな役割においても、サービスや顧客、製品に対して、真摯に立ち向かい、空気を読まずに発言できるメンバーが集っていることは、非常に重要だと言えるでしょう。

昨年末に、奥座敷の感覚で、はてブコメントをつけたら、どえらいbuzzっていた某社の記事があったのだが、

イケイケなベンチャーの開発チームが、大企業的な開発チームになってしまう5つの兆候

先方の都合も何も知らずにレスをつけてしまったので的外れすぎたかもしれないのですが、君がクソ野郎にならないで、開発メンバーと一緒にディレクターと対決しちゃったら、開発メンバーの悶々は解決しないじゃん、という感想を持ってしまった。中間管理職が不満をそのままproxyしちゃったら、お互いの要望が解決できない。

「みんなでなんとかしたい」となってしまうのは、大体、この文脈。ディレクターの言うことが正しいなら、嫌われてもメンバーを説得するべきだし、そうでなければ徹底的に戦わないといけないし、その姿を見て、メンバーにどう理解してもらえるかも大事。そもそもディレクターが見ている視野と、エンジニアが見ている視野は違うので、「みんながみんなが」と並列化しようとするの結構危険。どこかにエンジニアの傲慢さというのが存在して、そこに流されてはいないか?(知らないで言ってますよー)、何故、役割分担をして組織をスケールさせていかねばならないか?という理由そのものではないのだろうか、なぞなぞ、ついつい妄想してしまうところがあった。

エンジニアは根本的に良い奴が多いんですが、嫌われることを避けた結果として良い奴だと思われてるのは非常にマズイ。
嫌われる勇気を持たないと解決しないことってある。

ところが、解決方法を間違えると、この手の議論も。

ITエンジニアが誤った情報にツッコミを入れるのは「正しさハラスメント」ではない

確かにジョブズはクソ野郎だったが、プレゼンが一流なので、相手を納得させる技術は優れているように描かれている。実際の所、ジョブズの本を読んでみると、泣いてエンジニアを説得しようとしたという話も書いてあって、もっと人間っぽいようなのだが。

相手に話が伝わらなければ、指摘自体は生きないので、どう伝わるかが大事。ところがサービスやプロダクトに対して真摯であり続けることが重要なのは確か。人間対人間は、所詮、当人同士の相対(あいたい)としての話に落ちてしまう。簡単に言えば、弱いやつに弱らせる言葉を投げたら負けだし、強い奴なら同じ話でも通じるかもしれないので問題はない、という当たり前のことを無視して正論を通すのも違う。

それ故に、マサカリ議論は紛糾する。

いずれにせよ、「それがどうしても必要だと思うのならば」、人間系を優先しすぎて、一番大切なものは妥協しないこと。役割ごとに、クソ野郎が門番のようにいる組織は強そう。そこで行われる喧々諤々の議論そのものが、組織の多様性を決めると思いますので、自分の信念と専門性があるなら、マジで諦めないで、クソ野郎になってください。

ただ、とにかく周りの納得感と信頼関係。それがないとクソ野郎は、ただのダメな奴になる。

そうならないようにしつつ、怖いけど従って損はなかったと、いい感じに嫌われるのが分水嶺。

難しいですね。当たり前です。難しいんです。難しいことは、やらない理由にしてはいけません。がんばりましょう。逃げてしまったら、そこにあるissueは永遠に闇に葬られます。誰も拾い上げてはくれません。

p.s. ドラマ、シリコンバレーで、主人公のリチャードが、ライバル会社を陥れて、結果的にクビになったセキュリティエンジニアに、彼が悪くない理由を教えてしまいます。これがきっかけで、サービスを窮地に陥れるトラブルに繋がるわけなのですが、見ていてイライラしてきます。あーバカだなって思えないことが、自分がクソ野郎になりきれない何かを投影しているのかもしれないです。だから、あんまり見てられてないので、まだシーズン2の途中から先に進めません。最初に首になったビッグヘッドが活躍するところまでは見たいのですが。

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