上司は期待はするが、結果というファクトなしに部下を無条件で信頼するわけではない。

自分は「評価されていない」「信頼されてない」と思ってしまうケースにおいて、いくつか、「社会人として、うまく生きるためのテクニック」がある。

僕も、過去、この言葉に思いなやなんでいた経験はあるし、今でも人格要素として持っているので、この感覚にある「どうしたら良いか分からない感」は非常によくわかる。

なお、これは誰かからのヒントを元に、別のケースにおいて該当するかもと思ったので、誰に対して言いたいという他意はないので、というエクスキューズを前に置いておきますね。

この記事のきっかけは以下の記事でした。

「知力」は生まれつき備わったものなのか?自信過剰になることで人は成長を止めてしまうことが判明

これの記事に対するGroove X林さんのノートが全公開だったので、大切な部分を参考にさせてもらうと、

>「他人との比較」→「劣等感」→「思い込み」→「保守的」
>このループに入ると、成長が止まって、時間も止まってしまう。

https://www.facebook.com/kaname.hayashi/posts/1266576323405378

要するに壁を作るのは、自分の脳内のできごとである可能性が高いということ。

「自分はもっと周りから評価されるべき」という思考があったとする。

じゃぁ、「どれぐらいが適正なの?」

これを適切に見積もれますか?周りと比較していませんか?根拠のない絶対値に捕らわれていませんか?

ちなみに「評価」ってなんですか?当たり前に存在するものですか?

「信頼」ってどういう意味か、答えられますか?

実は、「信頼」という言葉の意味をわかっていなくて、自分に都合よく使ってはいないだろうか?

敵を知ることは重要です。

信頼という言葉の意味を知る

「信頼の意味と構造」(山岸ら)の研究によると、信頼には、「能力に対する期待としての信頼」と「意図に対する期待としての信頼」の2種類が存在するとしている。

「能力に対する期待としての信頼」とは、

「この目的を達成するための能力を持っている」ということが期待できること

であり、

「意図に対する期待としての信頼」とは、

「この人であれば、この課題に対して責任を果たすことを期待している」

というものである。

いずれにせよ、「期待」という言葉が入っていることに注意すべきで、

期待通りの結果が正しくできたら得られるものが「信頼」であるとされている。

要するに、上司の思考ロジックとしては、

「部下に期待をする」→「部下は期待通りの結果を出す」→「その結果生まれるものが信頼」→「信頼には、スキル的なものとやる気的なものの2種類があるよ」→「培われた信頼を元に、新たな期待を生む」→以下無限ループ

これを毎日行っている。当然、これがより責任ある役割を任せたくなるというロジックにつながります。

これをしっかりハックするのがステップアップの基本かなと思います。

孫泰蔵さんのお話に、スーパーマリオの話がある 最初は、誰しもがかんたんなレベル1から始まって、徐々にゲームの難易度が高くなっていくが、いきなり土管を通じて、高いレベルに行ってしまってもすぐにやられてしまう。起業などの難しいことをこなすためにも一つ一つ課題をクリアしていくことが大切だというお話だ。

自分が評価されるべきと思い悩んでいる人は、レベル8をこなせるぐらいの自信を持っているが、周りは、この人がレベル1をクリアできるかどうか、まだ、わからないが、期待はかけていて様子を見ている。

この時に、自分は信頼されてないのでは?というギャップが生まれる。

これを埋めていくのはただ一つ。信頼にはステップが必要であることを、ちゃんと意識し、ちゃんと期待をクリアすること。

その結果生まれる信頼を一つ一つ積み上げていくこと。

本当にできる人なら、あっという間にレベル8までのファクトを埋めていくことができるでしょう。

上司側の話

ネットで「信頼」と「期待」で検索すると、コーチング論か何かで、「期待をするな、信頼をせよ」などという精神論的な記事を見かける。

理屈を見てみると、期待は裏切られるものだかららしい。それなら部下の成果を期待するために、信頼をしてしまえ、という話らしいのだが、信頼をするために期待をし、その結果を評価することで信頼が生まれるというプロセスのハズなのに、そこを思考停止して、無条件の信頼をしてしまっては意味がない。

それは、部下が優秀で一か八か成功するかもしれないが、失敗した時に、信頼をなくしてしまうのは自分だ。自分の期待が裏切られてがっかりするよりも、相手への信頼をなくすほうがよっぽど損失は大きい。

そもそも、無条件の信頼に足るファクトがないのに、期待どころか信頼を失うというのは本末転倒である。

それは、「期待は裏切られることもある」という当然の事実に捕らわれすぎるからそうなるのである。

その空気が読めていなければ、例えば、レベル1をクリアしたばかりの人に、レベル8をクリアできる期待をかけてしまっていたなら、それは完全に間違い、ということもある。

そうではなく、レベル1をクリアしたことを評価し、レベル2をチャレンジする期待をし、見守るというのが重要。

つまり、「適切な粒度の期待をかけ続けて一つ一つ信頼を積み上げていくべきだよね」というのが、マネジメントサイドの話。

この「次なる期待」に対して、先行投資のために昇給を組み合わせていくというのであれば、昇給や評価面談も適切な理屈を兼ね備えていると思う。

部下側の話

冒頭の自己評価高めの人が、ギャップを埋めていくのに必要なのは、この「結果を生む」というプロセスをスルーしないことにある。そのためには何に期待されているかをちゃんと理解することが重要。そのボタンが掛け違えてると、いくら頑張っても空振りに終わる可能性が高い。

また「自分なりの貢献」は、自分のこだわりの範疇にとどめておくべきで、他者評価に混ぜるな危険です。それは、十分、信頼されてからの個性という付加価値になるかもしれないし、ならないかもしれない。

なお、信頼の種類に「能力に対する期待」と「意図に対する期待」があると書いたが、どういう立場であろうが、組織の一員であれば「意図に対する期待」の方が高い評価が出ると思う。「能力に対する期待」は、その期待を裏付ける材料という趣向が強いと思う。

何故なら、同じチームであれば、一時的に、能力に対する期待がしにくくても、時間軸に対して、成長への期待をかけられるから。それよりは「意図に対する期待」がちゃんとできる人の方が、チームとしてやりやすい→より任せやすくなる→そこで省略できた時間に対する評価が高くなる。

ここについて特に職人気質の人であればあるほど、好みじゃないと反論はある人もあるだろうが、イエスマン的な人が出世するとも言われていながら成功している企業がある以上、そこにある要因は無視できないし、そもそも全員が必ずしも理想的に優秀であるわけではない、という前提条件に気がついた段階で、意図に対する期待という信頼が置けることが、結構、重要だということに気がつけると、より大人になれるかもしれないです。この人がイエスマンだから可愛がるみたいな安直な発想で進むほど、みんな、そんなにバカじゃないです。

また、フリーランスや外部の業者であれば、意図に対する期待はあまり期待されずに、能力に対する期待を期待する方が強くなりがち。請負という契約関係で、責任範囲が分かれているから目的を遂行するための能力に対する期待が圧倒的に重要になります。

当然、社員だろうが外の人だろうが、両方が信頼できる方が、高い評価を得られるのは当たり前だし、長期的なお付き合いにつながると思います。

経験上、どこかが優秀でも評価されにくい人に共通するのは、「期待されていることが読めていない」か、「期待されていることを、そのまま受け入れられないで、自分なりの価値観で暴走する」というケースが多いように思います。僕が過去に失敗してきたのは前者の空気読めてないパターンかもしれないですね。失う時間は貴重な時間。オリジナリティを発揮するのは、積極的に適切な実績を積み上げ、「この人なら、なんだかんだ任せても安心」という、本当の意味での信頼を得てからにしましょう。

【PR】BASE株式会社 17職種、仲間を絶賛募集中!