ゼロイチは狙ってできるものではない

以前、Pepperハッカソンでご一緒いただいたPepper生みの親、林要さんの本。

トヨタでLFA(激しく値段の高い限定のスポーツカー)の開発に携わった話や、F-1にチャレンジした時の話、Pepperの開発を通じて、まったくゼロから新しいモノを作る時に必要な心構え、思考法、そして、それに対して周りの人とどのようにやっていくか?などの話が書いてあります。

林さんは、Pepperハッカソンの時にも思いましたが、さすがロボットの開発者だけあって言語化が非常にうまいです。そういう意味では、精神論で再現性が得られなそうなスタートアップに求められる発想をうまく言語化している一冊だと言えるでしょう。

この本をどのように紹介するか

僕自身は、ゼロイチで何かを作りたいと思っているけど、自分では社会的インパクトとしてゼロイチと言えるようなものを生み出すことに成功はしていません。

それ故に、この本をどう紹介していいか悩むわけです。うんうん、そうだよね、と共感しうる言語化ができないんです。それ故に、冗長に自分の経験を書くことをお許し下さい。

これまでの僕は、どちらかというと、近くにゼロイチを産んだ人の手助けをしている経験の方が多かったです。

例えば、携帯向けツイッタークライアントのモバツイは、ジャック・ドーシーをはじめとするTwitter社のファウンダーが作った、偉大なゼロイチプロダクトに乗ったものでした。公開されているAPIを使ったモバツイというプロダクトを通じて、当時、日本市場までは余裕がなかったTwitter社のお手伝いをしていたというのが構図上の現実でした。

その後、ツイキャスにジョインした時には、赤松さんが作る低遅延のストリーミングシステムにWebサーバがついてるような、世界でもなかなか存在しないスーパープロダクトの近くにいました。ここではあまり貢献できなかったのが後悔悔やまれるところですが、大学院でストリーミング周りの最新技術を研究している人と議論をしていると、よく思い出します。いろいろ学べば学ぶほど、赤松さんがやってることが凄いことに気がつく。

今いる、BASEにおいては、無料のECという概念はゼロイチプロダクトではないけど、その上のレイヤーとしてチャレンジしていることは、かなりゼロイチに近い取り組みだと思っています。下地の世界がゼロイチでない分、たくさんの人に受け入れていただいていて、そこでオンリーワンを実現すれば、得られる市場が大きい。そんな仕事をしています。これは現在進行形。

本書を読んで、一番、思い出したのは、新卒で入った製造業での新製品開発プロジェクトの経験。

僕と先輩が、今後10年の新製品を作るプロジェクトに抜擢されました。この取り組みは結構ゼロイチでした。

当時、一緒に仕事していた機械設計の先輩が考えたアイディアは、周りのベテランや現場からは受け入れられない、まさに本書にも書いてあったF-1のサスペンションを曲げるアイディアの話のようでした。

更に、若手二人が特別な仕事をしているのが気に入らないのか、社内にゆるい妨害みたいなのもありつつ、先輩はプレッシャーでお腹が痛くなりながらも、制御設計(システム設計とプログラム)を担当する僕は、特にプレッシャーではなかったので淡々と製品を実現する仕事をしていました。

この時の取組は無事成功し、15年近く経った今も派生製品がメインの製品ラインを張っているようなのですが、僕は、この経験から転職することになります。

というのも機械製造業での主役は、あくまでも機械設計だなってことに気がついちゃったからです。

当時関わっていた製品では、電気設計はさほどチャレンジする余地がありません。今どきの言葉で言うならイノベーティブな仕事にはなりえなかった。僕にとってはチャレンジな取り組みも多々ありましたが、結局はコントローラに用意されていた技術をうまく使えばよかっただけで、そのアプリケーションを書いたのが僕の仕事にすぎません。

そこでは主役になりきれない感から、新しい世界を探した先がインターネットでした。

じゃぁインターネットなら主役になれたのか?というと、ここでまだゼロイチは産んでませんねと書いてるわけで、僕自身は、そんなに変わってないわけですが、これまでの経験を通じて、僕の周りでゼロイチを実現してきた人には共通した考え方があるように思えます。

それが、

ゼロイチを産む人は、ゼロイチをやろうとは狙ってない

ということだと思います。

ゼロイチを産む人は、野心的にゼロイチを産もうとして考えたんじゃなくて、何かの課題に対して、やるべきと思ったことを信じてやっていたら、それがゼロイチだった人のほうが圧倒的に多いんじゃないかと思います。

本書にゼロイチを生む時には、ひたすら考え、ひたすら働いたと書いてありますが、単純に長く働けば、それができるわけじゃなくて、当人が目の前の壁に対して、「それをやらなくてはならない」「解決しないと悔しい」などと思ってチャレンジするからこそ、そういう行動をしているだけだと思うのです。

ほとんどの社会人がやってるように、そこで諦めたり、妥協したら終わりです。

「これは難しい」「これは無理」って、その場で問題から逃げていたらゼロイチを作ることはできません。それをどこまで考えるか?ということになります。本書に書かれている孫さんの言葉を借りると、脳みそがちぎれるほど考えろ、ということなのでしょう。

僕が関わっていた新製品開発プロジェクトで、先輩が主張していたことは、「セオリーとしてこうなるハズ」ということでした。デザイン思考で言う、ビジョンそのものです。

つまり突飛なアイディアを思いついたのではなく、理論として、当たり前のようにそうなるハズと彼が思っていたことを実証しようとして、ひたすら図面を書いていたのです。

ところが何故か、現場の勘、プロの経験とは一致しなかったようで反発を食らいます。そのことについての話について、何度か聞かされた記憶がありますが、あれは愚痴だったのかもしれないですねぇ。僕は、その先輩を信頼していたので、解決すべき課題としか聞いてなかったですw 若かったし。

最終的に、僕らの直属の上司は、僕達を守ってくれたので実際に作ることを試すことができました。製造業においてはモノ作りは現場に頼まないといけないので、製造、設計リーダー含めて、相応にオーソライズが通ってないとカタチにならないのです。もし上司や会社が、いわゆるゼロイチを壊すマネジメントだったら、あの製品は生まれなかったと思います。

そういえば、今博士課程で通っているKMDの面接の時にも、砂原先生とサムさんに、自分はゼロイチをやりたいのでと言って面接をしたのを思い出しました。今、KMD4年目ですが、それは何か?というと徹底的に考える訓練をするという学びです。

ついついミーティングで、「難しいですねぇ」と言う言葉を口に出してしまうと、「難しいのは当たり前。博士号はそんな簡単に取れるもんじゃねー」という砂原先生からの怒号(?)が飛んで来るのが好きです。

まだまだ、できてない。人生、間に合うんかなw

ただ方法論は教えてもらっていて、本書にもある通り「とにかくやってみる」ということでした。博士号であればひたすら論文に落としていくというのを繰り返すということですし、実社会ではプロトタイプを作ってみたりして、とにかく失敗してみるということでしょう。

僕の経験としては、最初の新製品開発プロジェクトで、ひたすら機械を壁にぶつけながら、装置の制御コードの改善を繰り返していた時のことを思い出しました。

結果生まれたソースコードはつぎはぎだらけだったので、後を引き継いでリファクタリングした人から文句を言われましたが、それが社会人3〜4年目の僕にとってのゼロイチの結果だったんだと今だからこそ言えます。

凄いゼロイチじゃなくても、小さなゼロイチは、今からでもできる。それは目の前にあることを諦めずに改善することから始まることでしょう。

ゼロイチを産むチャンスを作った時には是非とも読みなおしておきたい一冊です。
(つまり忘れないように買っておけ、ということですね)

【PR】BASE株式会社 17職種、仲間を絶賛募集中!