東大佐藤ママに見られるスモールチームを成功につなげる3つの法則

朝、家の出がけに朝のテレビ番組、ノンストップ!に、息子3人を東大にいれた佐藤ママが登場していた。二度目の出演だそうだが、以前、書籍を読んでみて、お母さんの姿や発言に興味があったので、家に帰ってきてから改めてガラポンで見返した。そこには案の定、想像した通りの豪腕女性社長のような風格を持った頭の切れるお母さんの姿があった。

この本に対する話題は、実に微妙だった。妬みや親子関係という主観に依存するために、実に感情論が多い。我々も、お母さんでも使えるサービスを作りなさい、という開発理念が浸透しているが、誰にとっても最強の主観的な存在が「ママ」であり、誰もが個別の関係性を持っていて、にもかかわらず多くの人が共通する何かをイメージしやすいので、そこから外れるものは非難の対象になりやすい。

それ故に画面に流れていたツイッターコメントについても、このママの教育支援方針について過保護だとネガティブなコメントばかりだった。そこで思った、テレビを見て感じてみた、この東大入試プロジェクトチームについて、何が独特だったのか?を3つにまとめてみる。

1.堀江さんばりに徹底的に合理主義

今回紹介されていた佐藤ママの受験3か条はこちらなのだが、

1.願書は親が書け
2.受験で泊まるホテルは1年前から予約
3.当日は親が学校の門まで付きそう。

この中で特に面白かったのが、願書を親が書くことに対する反論が多数ついていたこと。

佐藤ママは、願書を書く時間が無駄で、勉強に集中するために親が書くという合理的なコメントに対して、願書が書くことが大事なんだという精神論コメントが多数流れていた。

流れるコメントを見ていて、改めて思ってみたが、そもそも自分が願書に何を書いたのかを全く思い出せない。

もし、ここに志望理由でも書いて、それで大学に受かる確率が上がるのであれば、子供本人が書くべきなのかもしれないが、どうせ試験の点数で決まるのであれば、何故、願書を書くことがそこまで感情論で語られるのかは理解できない。

就職の履歴書が手書きであるべきか論にも通じる話で思うが、履歴書の良し悪しで受かるなんてことはない。それが事実だったとしても優秀な人は履歴書もきれいだったというだけのことで、成功の必須要件ではない。

そこを見極めて無駄を排除して、プレーヤーは自分の仕事に専念することが大事だというシンプルな考え方には共感できる。

ちなみに合理主義とは書いたが、最後の親が学校の門まで付きそうという部分にあった、親として「そうしたい」という感情の部分は微笑ましいシーンだった。それがプレッシャーや過保護にならない関係性が作られていることが大事なのだと思う。経験上、人を引っ張るような傲慢かつ優秀なリーダーは、そういう要素を相手に認めさせるのがうまい。

2.目的とゴールを見極めて計画的に進めるプロジェクトマネジメント力

佐藤ママが実践しているのは、例えて言えば、箱根駅伝の監督と選手の関係性みたいなものだろう。箱根駅伝を勝つ目的を定めて、そこに向けて徹底的に合理的に進めていく。指導者として、母親としての主観的な愛情も隠さないし、そのためにチーム総力戦で受験に立ち向かう。

佐藤ママのコメントと、他のコメンテーターなどから感じたこととして、周りの人は大学受験を、子供の独り立ちの場として捉えたり、その後の人生に照らしあわせたり、過度に受験機会を神聖視している構図が結構見えたこと。

ゲストコメンテーターが大学受験は人生の入り口であるべき、だと言っていた。

しかし改めて思うと、大学受験は、その後の人生と比べて、短期間の成功が求められ、かつ、成果に対する見返りが大きい。言葉を変えると、そのタイミングが限られている以上、失ったものは厳しく、その後の人生に影響がある重要なイベントである。

しかしその一方で、その後の人生は長いので、別の価値観において逆転のチャンスもあれば、道を迂回しても挽回のチャンスはいくらでもある。

そもそもオトナになると、学生時代と比べて、正解がないことに向けて対処しなくてはいけないと言われるではないか。

受験と社会で求められる性質が違うのに、そこに人生の成長を重ねてしまうのは悪い癖であろう。経験すべき経験なのか、経験しなくてもよかった経験なのか、というとわからない。受験で成功した人は優秀な人も多いが、それが人生にとって必要条件かというと、誰もそれに同意する人はいないと思う。

「受験は落ちる人も受かる人もいる」

と佐藤ママは言い切る。

当たり前のことだが、理屈で理解していることが重要だと思う。そもそも評価方法が一つしかない受験においては、点数という行列で序列が決まる。そこには人間の評価は反映されない。そんなところで挫折感を味わう必要はなく、一つのゲームとして捉え、勝つために徹底的にチームとして戦う。

そうは言っても、人生の一部を子どもたちは一心に捧げてきたのは事実。失敗したら辛いに決まっているし、悪影響もあるかもしれない。それ故に、子どもたちのアイデンティティ形成の妨げにならないことについて、誰よりも専念して来たのは佐藤ママの方だと思った。それが「子どもたちが落ちた時の言葉を何百回も練習すべき」などのアドバイスに含まれている。

人生の一時間を費やしているゲームであることを理解しているからこそ、その行為を相対化させなきゃいけないことを知っている。

そもそも思ったのが、松井やイチローのように高校野球に集中してきた家族は称賛されて、東大入試というゲームに集中してきた佐藤家はネガティブな意見が集中するところには、一考の余地があるだろう。野球は誰もがやることではないが、受験はほとんどの人が通る道なので、主観論が前提となるというところだけが違うのだと思う。当然、それ故に反響が大きいわけだが。

3.奇跡のチーム構成

改めて、こちらの家族に思ったことは、このビッグリーダーたるママに対しての息子たちが親と付き合う方法を知っていることだと思った。

この息子さん達は、ある種の傲慢かつ有能なリーダーの下についた時に、その人と、うまくやって自分を成長させる機会に結びつける術を知っているのではないだろうか。

本を読むと、佐藤ママは、あくまでも子どもたちが自主的に東大に行きたかったから支援したとあるが、現実的には結構な割合で、お母さんが期待することに対して応えようとした部分はあるように思える。問題は、そういう期待に対してプレッシャーに思うのか、その期待をエネルギーとして生かすだけの度量を持っているのか、という部分が多くの人の関心のあるところではないだろうか。

おそらく、息子さん達は冷静に親が期待していることを理解したのではないか。そして、その期待をどこか一歩引いた目で、しかし、親に期待されているということをポジティブに捉えてがんばれたのではないかと思う。

それについては、息子さん達が適切に理解できてよかったね、ということに尽きると思う。

チームがチームとして噛みあうというのは、どこか奇跡にも近いものがあって、他の家庭(チーム)において、100%再現性があるものではない。それ故に、その成功は偉大なのだと思う。

なお、受験に望むのは父親か母親かを決めるべき、という話があった。受験のリーダーシップを担う役割を分業できないとのこと。これは典型的な船頭多くして船山に登る、という状態を防げという話である。会社の組織が課長や部長を中心として動かすのと何も変わらない。

どこまで参考にして実践するべきか

佐藤ママの言ってることを実践したからと言って、成功するとは限らない。かと言って、このやり方が失敗だとも全く思わない。チームとして見た時に、何よりもリーダーの性格に大きく影響を受ける。それ故に、チーム毎の成功法則がある。

しかしながら、受験というプロジェクトを合理的かつ計画的に捉え、それらを人間的に解決する方法を知っている佐藤ママの話は、スモールチームのマネジメント論、人材開発、モチベーション、コーチングなどの視点のマネジメントに興味がある人には参考になる部分も多々あるだろう。

この記事書いて思い出したけど、この本も面白かった。選手の人生が詰まっていて泣ける。

魔法をかける アオガク「箱根駅伝」制覇までの4000日

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  • 作者:原 晋
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