モバイルにおけるイノベーションは適材適所から

FacebookのTLで見た書き込みで、スマートフォンのイノベーションは今後あるのか?という話があった。

個人的な感想としては、タッチパネル+アイコンのお化けであるiOS型のスマートフォンのイノベーションはもう起きないと思う。あまりにもiOSが完成しすぎたと思っている。これがいつまで続くかはわからないが、Windowsのようにこの分野の長として継続的改善を続けていくのだろう。競合としてのAndroidが出てきたことも福音で、タッチパネル+アイコンのお化けによる全画面アプリのモバイルOSの分野はしばらく盤石だろう。むしろMacOSが、ここにどれだけ引っ張られるのかが見モノである。

iOSが素晴らしかったのは、

・モバイルとしての実用性(簡単に言うと目的達成までの時間の短さ)

に加えて、

・暇つぶしエンタメデバイスとしての実用性

を伴っていたところだと思う。ガラケーが前者が欠けていて、エンタメニーズでi-modeは大きく飛躍したのに対し、「小さなパソコン」としての座を勝ち得たiOSは、前者も後者も奪い取り、コンソールゲーム業界のお株も奪ったし、さまざまなエンタメシーンを塗り替えた。

小さなパソコンとしては、PocketPCなどがあったが、あの小さなキーボードマシンは妥協の産物なのだろう。さくさく動くタッチパネルのスワイプによる画面遷移は、画面に表示されていない領域も仮想画面として広げてしまうインターフェースで、決して使いやすいわけではないタッチパネルの文字入力も、その心地よさと、物理的制約に囚われないところで、新たな魅力を作った。

タッチパネルを最大限にエンハンスした部分が、それまでのモバイル・デバイスのストレスを解消したというのが大きかった。

昨今出てきている実用的なガジェット、IoTデバイスは、スマートフォン並の汎用性を見据えるとエンタメ性が欠けているケースが多い。それよりは個別ニーズのアプライアンスとしてのIoTデバイスという役割が期待されている。

しかし、Apple Watchが代表するように、実用的なモバイル性というのは、どうも販売のパンチ力に欠けるらしい。
やはりテレビメディアなども含めてバズを牽引するのはエンタメ性ということなのだろう。

この部分をスマートフォンから奪うような新しいパラダイムが出てくると、面白いのかもしれない。しかし、あくまでもスマートフォンを小さなPCとして見ると、その枠から抜け出てないことこそが、スマートフォンの良さだと考えると、汎用機としてのPCの呪縛というのは結構大きいと思うので、果たして今後、これを代替するものは出てくるのだろうか。いずれにせよPCのメリットを完全否定するようなプロダクトであることは予想できる。

話は変わって、ネットで新しいサービスが出てくる時は、大体、それまでのメジャープロダクトが持っている、それほどよくない部分のよくない部分を切り取る形でイノベーションが起きたりする。つまり、適材適所を切り取る形で新しいサービスが出てくることで、新しい方が主流になってしまうというケースだ。

これはイノベーションのジレンマで言ってることの置き換えなのかもしれない。

例えば、沢山の人が集う掲示板サイトでは、言論の文脈が発信強者に乗っ取られてしまうところから、自分の城であるブログが生まれる。しかし、ブログは集約性が低かったところを、友達で繋がるSNSが新しい場を奪っていく。もちろんブログとSNSは補完関係にもなるのだが、レイトマジョリティを含むコミュニティでは「mixiでいいじゃん」と言われたのがその頃。しかし、ブログにせよmixiにせよ「日記」という粒度、つまり1日1回程度の情報発信粒度に最適化されていたところから、Tweetという情報粒度の低いリアルタイム型のコンテンツに移行していった。前の主流メディアでは、少し無視されていたデメリットのところを、うまく新しい価値として転換させ、それがユーザーに支持されたことで時代が移り変わっていくという特徴がある。Twitterが今元気か否かは置いておいても、この日本市場においては、mixiという巨人からTwitterを介して、FriendFeedを取り込んだFacebookやLINEにリアルタイムコミュニケーションの地盤が移行していった流れは無視できない。

それと同じことを考えるとスマートフォンの次については、スマートフォンがあまり得意としないところ(できないわけではないが、すごくネイティブではない、というところがポイント)を、うまく新しい価値として切り取ったところが、徐々にスマートフォンの牙城を奪っていくというシーンが思いつく。

それがなんのかと考えると、例えば、落として割れることだったり、タッチパネルの使い勝手だったりするだろうか。そう見ると、今SurfaceやiPad proあたりで起きている手書きの戦いも新しい適材適所をめぐる戦いにも見えなくもない。

確かにスマートフォンは、コンテンツ再生機&フィードバックデバイスとしての進化は圧倒的だが、入力、編集のデバイスとしては、かなり妥協を強いられていると思う。ただ、それ故に写真や動画が流行ったという部分で言うと、時代性に乗っ取ってるように見えるので難しいものがある。

しかし、入力に関するパラダイムシフトで、PCとスマートフォンをもろとも古いものにするということはありうるかもしれない。
いずれにせよ、「今のあたりまえ」という感覚は捨て去って考えないと、時代に流される。

この世界は「それ、○○でやればいいじゃん」という言葉が出てきそうなら、何かを見逃す注意信号だと思ったほうがいい。今あるものが最高のソリューションなのか?適材適所でマジョリティを切り取れないのか?をちゃんと考えてから、その言葉は発した方がいい。

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