一生プログラマであるということ

Web系やシステム系のエンジニアは、一生プログラムを書いていたいのだろうか。僕自身は、こういう言説をどう捉えていいのかよくわからない。むしろこういう言説は少しネガティブだ。

僕自身のキャリアは、もともと機械製造業の電気制御の設計で、現場で物を作る立場から、設計へと移動した流れ。その会社では大卒入社組は製造での経験を経て、設計職に行くパスになっていた。いわゆるテレビ東京とかが好きな意味での「ものづくりの現場仕事」ではなく、設計を通じて「製造部門や調達部門に指示を出す役割」である。

もちろん電気制御なのでプログラムは書くが「プログラマー」ではなくて、あくまでも「技術者」という枠組みで捉えている。
ハードもソフトも全部やるってことだけど、全部を自分で作れるわけじゃなくあくまでチーム戦。如何に人にお願いし、いいものを作ってもらうかというのも技術者の仕事だと思っている。外注さんにもお願いするし、パーツベンダーとも信頼を作り、連携して商品を完成させる。

業界が変わって、ソフトウエア主体のWeb系に移っても基本的にはこの意識は変わっていない。

よくWeb系の話題なのに「技術者」と書くと違和感があるというコメントがつくことがある。
多分、プログラマーなのに、という意図を内包している気がする。僕自身はあえてプライドを持って「技術者」と表現する。

だから「一生プログラマ」をやりたいという人の気持ちの捉え方が根本的に間違っているのかもしれない。

でも僕は一生、何かを作ることに携わりたいと思ってはいる。

だから60歳の目標はインターネットに接続できる環境を維持すること、である。つまりホームレスになってないことと、新しいスマートフォンやパソコンを買うような相応の余裕があることだ。定年後はなにかアプリとかWebとか作れたらいいよなぁと思っている。だから、目も手も健康でありたい。できればアセンブリ言語とか、仕事だと合理的に選択するチャンスを得られなかった技術をいじれたらいいなと思っている。

僕のこれまでの経験で言えることは、問題解決として、プログラムを書こうが、書くまいが、それを他人に委ねようが委ねまいが、その問題解決に必要な技術的な直感や経験を活用する仕事であるかぎり、マネジメントもクリエイティブな仕事の範疇にある、と信じているし、そういう仕事じゃないとつまらないと思うし、普通に技術者の仕事の一つだと思っている。

そういう意味では、エンジニアのマネジメント職はクリエイティブであるべきである。

エンジニアはエンジニアのリーダーにしか信用を置かないという言説があるが、そうであるならマネジメントは信頼される技術者であり続けなくてはならない。

(でも、ごめん、僕がホントの意味で信頼されてるかは知らない w そこばかりは努力ということで w )

仮にソースコードを書いてなくても、いくつかのクリティカルな質問をすれば、まるで全てを見透かしたように話をできる力は必要だろう。だから会社ではなにか忙殺されていたとしても、休日や家で技術を触れるし、今はそれにお金かからないんだから、そこで何か作ればいいじゃん、という意識しか。。。エンジニアと会話できる感覚を維持することは、エンジニアのリーダー職の責務だとも思う。

ところが、このマネジメントの仕事が楽しくないですよね、という言説もあるのは事実。
excelワークなどに忙殺されるという話はあるが、そうは言ってもexcelワークになんのクリエイティビティもないのだろうか?

そこに、あなたの経験がなければ、引けない一本のグラフはないのだろうか?
また、そこで引いた線を実現するために、あなたの技術の経験は、マネジメントに生きないのだろうか?

もし、言われたことをこなすだけの、つまらない仕事だとすれば、そんなのマネジメントとは言わないし、上司でもなんでもない。

多分、そんな会社ないと思うんだけどなぁ。僕が知らないだけなのかなぁ。あるとするなら、自分たちでは裁量がないスケジュールを実現するために鞭を叩く人、みたいな役割だったら心苦しくてやってられないとかはありそうですね。そういう立場はある種の図々しさや鈍感力が重要なので、わかってるエンジニアほど辛いでしょう。僕は耐えられない気がするw

だから余計に思うのは、僕らの仕事は、マネジメントになっても、開発であってもクリエイティブの視点を捨てない仕事であるべきだと思っている。

僕はマネジメントは、上司への説得力も含めて「人のハック職」だと思っていて、専門職たるエンジニアであり続けることは「技術のハック職」だと思っている。どっちにハックする興味があるかないかがすごく重要だと思っている。

マネジメントなり技術を突き詰めること、どっちについても、それが向いてない人に、無理やりやらせてもいい結果にならないのは自明のハズで、そういう期待が持てないのであれば、やらせるべきではないと思うので、余計に35歳定年説などの意味がわからないタイプである。

あまりまとまった話になってなくて、ウダウダ書いちゃったけど、技術者のキャリアパスとして、何かをハックし続けることは重要なので、人だろうが技術だろうがハックする気持ちがなくなったら、なんか辛いっすよね、という話になるのかなぁ。僕は絶対そうなりたくないし。

今、自分がいる環境の話をすると、技術系のマネージャーのパスを辿る人には、この仕事はクリエイティブな仕事ですよ、と説き続けるし、一生コードを書きたいという人がいるならば、その気持ちを最大限、事業に活かせるようにしていかないといけないと思ってるのは間違いない。それこそが技術マネジメントの仕事なんじゃないですかね。

それに踊る大捜査線じゃないけど、正しいことをしたければ偉くなれってのはあると思います。もしそういうチャンスに恵まれる機会があるなら、自分たちの部下のためにも頑張って欲しいんだよなぁ。全員がマネジメントになれって意味じゃなくて、そうしないためにもマネジメントに行くパスってのはあると思うんですよね。なんか、そういう状況があるなら、そういう野心を持てたらいいよなぁと思ったりします。

p.s. 前に今はなくなっちゃったコンピュータメーカーの人が、30過ぎてマネジメントコースか、技術者コースかを選択させられて、技術者コースだと給与テーブルの上限が決まってるからってので、マネジメントコースを選択せざるを得なくなる、みたいな話は聞いたことあるけどね。それは自分で選んでんじゃね?的なのもありつつ、人一人ができることには限りがあるので、それを上回る成果を出さないといけないとなると、大企業になればなるほど、技術者であり続けるのは難しい面はあるのでしょうかね。

p.s.2.どんな仕事をしていても、やりたい仕事の大前提として、「常に自分にとっての目標や課題があること」というのがあります。それさえあれば、どんな仕事でもやっていける自信はなにげにあったりします。逆に言うと、常にそういう課題や次なる目標を作り、飽きる隙を作らないようにしないと、安住した瞬間にエンジニアって次なる冒険に向けて去って行ってしまうんじゃないか?という不安があるので、そうならないようにしたいと思っています。

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