昔、渋谷でとある監獄居酒屋に行った。そこでは案内してくれるお姉さんに腕を鎖に繋げられて席まで案内されるのだが、その感覚がとても不思議だった。
スタンドアローンの人間同士が近くにいるのとは違って、鎖でつながっていることでの束縛されている感が、何やらお姉さんとの一体感というと少し大げさだが、しかしそれに近い不思議な感覚を持って、少し楽しかったのを覚えている。
林信行さんの記事を始めとしてApple Watchの通知の価値に気がついた人たちは、通知を設定することでiPhoneを見る機会が減ったと言うコメントを残している。
適切に通知が設定されたApple Watchにおいては、「通知がある状態」をすぐに知ることができるが、もっと重要なこととして「通知がない状態」を、腕の振動が起きないことで把握できるようになることが挙げられる。
Apple Watchを腕にしていることを、Facebook MesssageやLINE、Slack、その他のさまざまなWebサービスや電子メールのサーバーと仮想的に常時接続している状態としてみなすと、腕の振動によって、Webサーバの向こうで起きた自分にとって価値のある「何か」を知ることができるし、腕が振動しないことで、Webサーバの向こう側で起きていることは、自分にとってさほど関係のない出来事であることを常に知ることができる。
iPhoneの場合は、それを知る手段との距離感が少し離れている。だから、ネットで起きている様々なことを確認するためにスマホを一生懸命見なくてはいけない。
だから、Apple Watchを買った人がまず最初にやるべきなのは、iPhoneに来ている通知の整理だ。
自分が本当に知りたい通知だけを残し、それ以外を止める。通知が来なくても見たい情報は、暇な時にiPhoneを開けば良い。僕にとって、FacebookやTwitterのタイムラインがそのような存在だ。それに対して、Facebookのメッセージはすぐに知りたいので、通知を受け取る設定にしている。
そのようにすることで、Facebookで起きている自分にとって重要なことが発生したことを通知でいつでも知ることができるし、通知が来なければ、その日のFacebookは自分にとってバリューが低い日なのだということを知ることができる。
なお、そうやって受けたい通知が特に無い、という人は、まだApple Watchを買うのは少し早いかもしれない。そのうち、もっと面白いことが起きるようになると思うので、Webサービス事業者がApple Watchを活用し始めるまで楽しみに待っていてください。
ましてiPhoneを持ってないのに、うっかりApple Watchを買ってしまった人は、少し頑張らないといけないかもしれない。今、iPhone上に乱立している通知設定を整理するのは簡単だけど、自分にとって必要な通知を積み上げていくのは結構面倒くさいアプローチである。僕にとってのAndroid Wearがまさにそれだった。自分はGoogleサービスのネイティブではなかったため全く活かす方法が見つからずに、買ったのに一度も外に持って行かなかったので、こういうことに気が付く機会を得られなかった。
Apple Watchにおいて適切な通知ができた時のメリットは、ある種の心地よい束縛感を作るということだと思うのだが、そういえば、しつけがあまりよろしくない、うちの犬はリードで繋がってる時は安心しているからか自分の行きたい所に行こうとするが、ドッグランなどでリードを離した瞬間に、不安になるのか大人しく飼い主の後ろをついてくるようになる。
インターネットとの緩やかな束縛を作り、安心した状態を作ることが、iPhoneを見なくても済むという状態になるという意味ではないだろうか。
ただ、それは、もしかしたら情報の取捨選択ができる大人向けの世界観なのかもしれない。若年層のメールやLINEのような、全く情報の取捨選択ができずに、Stickyな人間関係が反映された情報に、心も行動も縛られてしまう世代だと、こういうのは、もしかしたら難しいのかもしれない。
まぁそれ以前にApple Watchは、それ単体ではスマホゲームのような暇つぶしの道具にならないので、若年層にはそもそも向いてないと思う。もちろん、それをApple Watchの外の世界と繋ぐことで改善することこそがサードパーティに求められている新しいUXのテーマなのかな、と思う。
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