最近、都心での宅配便の配送を徒歩で配達してるケースを見かける。その際に、ビルに配達しているアマゾンの箱が路上に放置されているのを見て、これを誰も盗む人はいないのかなぁとつくづく思う。
それができるというのは、そうでない国と比べて、社会的なコストがとても低いということだと思う。物品を失うリスクが低ければ保険の金額が低いし、路上に荷物を置いたまま配達できるなら、効率も高いし、何よりエコだ。
日本は、iPhone大国でありハイエンドAndroid大国でもある。高価なiPhoneが誰でも持てるのは無金利ローンによる24回払いができているからだ。お金のない学生でも、前払いによるローンを組めるというすばらしい信用国家であるところ。
つまり日本の豊かさは、お金に反映されない信用に支えられていると思う。
しかし資本主義においては、売り上げや利益の総量によって序列が作られるから、金額に換算できない日本の信用に伴うスムーズさは、世界市場の中では「儲からない」という結論になってはいないだろうか。
「大量にご飯を作って、半分捨てる」ことが可能な国の方が、全体的に流れるお金やモノの量は多いはず。そちらの方が先進国におけるグローバルスタンダードだとすると、日本の良さの全ては世界市場では生きないように思える。
今はまだ世界市場にあわせて、自分たちの力をうまく変換できたところだけが世界に進出可能なのだろう。
21世紀は、ITによる「世界の日本化」となることを期待している。UBERやAirBnBなどのクラウドサービスが実現しようとしていることは、サービスの利用を通じて、人間の信用を可視化する取り組みとも言える。
日本人がなんとなくコモンセンスとして持っている、周りはそんなに「悪いことをしないだろう」と期待に支えられている信用を、世界レベルでは、ITが介在することで実現することができるかもしれない。
そうなった段階で、世界は今より少し平和になり、安心、安全に取引ができる低コスト社会になるのではないかと期待している。日本のきめ細やかな強みが世界で発揮できるとするならば、その先の話かな、などと思っている。
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