UI/UXでいいじゃん

作業してる息抜きにブログ

UI/UX言うな論は、あたかもUIがUX全体を規定してしまうが故に起きる意識の齟齬にあると思っている。
あたかもwikipediaをwikiと言ってしまったり、JavaScriptをJavaと言ってしまいエンジニアの不安を掻き立てる人たちへの不安に近いものだろうか。

まぁそもそもUXという言葉が非常にわかりにくい。わかりにくいと言えば、その昔は「システム」という日本語が日本にはなかったと、芝浦工業大学で初めてのカタカナ学部である「システム工学部」と言う名前を日本に持ち込んだ時の話を聞いたことが有る。

僕に認知だと芝浦工大のシステム工学部は言うほど古い学部ではなかったが、なんとその時代の手前まで「システム」という言葉がなかったというのは驚きだ。そりゃソフトウエアで日本が勝てないわけだ。物質主義とでも言うのだろうか。僕が製造業にいたとき、ソフトウエアはオマケみたいなものだった。つまり実体がないのでお金を取れないということだ。システム構築にかかる費用は、そこにかかった作業時間による人件費としてカウントされていた(今も受託ビジネスはそうだけど)。本当は、そのシステムがもたらす価値にお金が払われるべきなのだが、それを数値化するのは確かに事前見積するのは難しい。

(なお、ホントかどうかは知らないが、昔の装置の販売価格は、なんと鉄の重さがダイレクトに影響していたと聞く。それが時代と共に鉄の価値では測れなくなったと言う愚痴を聞いたことがある。スマホやノートPCなんて、むしろ軽けりゃ軽いほど高い値段出したいわけで。)

今でもスマホゲーム、携帯ゲームがシステムとして大金を生んでいる状況をにわかに信じられない人は少なく無いだろう。やっているユーザーからすると体験にお金を払っているわけだが、その体験が無意味だと思っている人たちにとっては、そこに流れているお金は無駄遣いにしか見えない。

思い起こせばビックリマンシールやキン消し(例えが古くてゴメン)にお金を払うのも紙やゴムにお金を払っているわけではない。コンテンツという付加価値か!?と言われれば、実体としてはその通りなのかもしれないが、飽きてみるとよくわからないバリューにお金を払っていたことに気がつく。「コンテンツをエサにしたコミュニケーションツールにお金を払っていた」が正しいような気がする。

UXもおそらくそれに近い概念で、一体、何を良い体験と感じているのか!?というのを規定するのが難しいんだと思う。日本語で言語化できない概念というのは、大抵コンセンサスが取れない。そういえば、RESTの時にあったアーキテクチャパターンという抽象化概念もなかなか難しかったのが記憶にあたらしい。

だからカジュアルにUX言うなとしてしまいたくなる気持ちもよくわかる。だがかつてのシステムという言葉がそうだったように、この概念からは逃げてはいけないような気がする。

僕の記憶が正しければ、少なくとも僕が「UI/UX」という言葉を始めてみたのは、pathだったかなんだかのスマホサービスの成功法則を語った資料だったと思う。
しかし、そこで言われていたのは「スマホUXに対するスマホUIの比率が大きいからUI頑張れ!」ということではなかっただろうか。

スマートフォンのUIは面白いもので、画面をスワイプしたその動作の裏側で、世界の何処かにあるWebサーバに通信していたりもする。UIも重要だが、UIに連動して動作するマルチタスクの処理が高度になったことが挙げられる。それまでのWebベースのコンテンツはAjaxがあったにせよ、原則的にはリンクやボタンをクリックしてサーバに通信して画面遷移するというわかりやすいリクエストアンドレスポンスが主流だった。スマホUIに関しては、いつどこのタイミングでサーバにアクセスするかは、出来る限り隠蔽してあげたほうがユーザーにとって直感的と言われやすい。

こういう点で、確かにスマホアプリにおけるUIは重要だと言える。もちろん動作の対象はWebサーバの通信だけに留まらなくカメラや画像、音声など多種多様な機能と連動することができる。

そういった視点で、前向きにUI頑張れ!と言われていたハズのUI/UXという言葉がいつしかひとり歩きしてしまい、あたかもUX全体を指すように誤解され、それに対して嫌悪感を持つ識者がいるという構図は不幸だと言える。

以上のことから、確かにUI/UX言うな論の理屈は理解できるが、そんなところに感心を持っていかれるのは、正直言って時間がもったいない話で、例えばUIデザイナーの人材育成の際に、UXの概念の幅の広さをしっかり教えた上で、「スマホUXにおける、UIの重要性」を伝えてあげたほうがいくらか生産的ではないだろうか。

笑顔を創りたいWeb屋の日常 UI/UXという表記がだんだん嫌いになってくる。

UIだけじゃ解決できないUXの問題なんて山ほどあると思うんですの
たとえばECサイトの売り上げが伸びなかったとして、カテゴリ表示や商品レコメンドの並び、ショッピングカートのUIを改善すれば必ず売り上げが上がるのかというと、そういうわけではないです。ぜったい。たとえばコンビニのレジで売ってるようなライターを(あれ?最近も売ってるっけ?)1万円で売ってるネットショップがあったとして、売れるかという話です。まあ、売れない。そりゃあ、売れない。そんなものはネットだろうがリアルだろうが売れない。売れないものは売れない(しつこい)。

はい。

昔、ECサイトのショッピングカート改善コンサルなんてのがありました。細かいフォームを改善してカゴ落ちを改善しようというものです。まだあるのかな。
でもEC ASPサービス事業者の端くれであった僕は、それは大げさすぎるビジネスだと思ってました。

何故ならEC-ASPの購入画面は大体共通化されているのに売上がお店によって全然違うからです。つまり個々のECサイトが提供しているユーザー体験は、UIに影響されないということです。

少なくとも同じEC-ASPの中で、全然売れてないお店と、すごく売れているお店の比較においては、改善すべきところは絶対にUIやビジュアルデザインの問題ではないと、はっきりと言い切れます。
(もちろん同一ショップの商品を、複数ASP事業者とで比べたらコンバージョンの差異はいくらかあるでしょうが。ECというビジネス全体で実現しなくてはいけないUXからすると微々たるものだと思います。)

こういう言い方もアレですが、そういう部分はWeb制作者では逆立ちしてもカバーできないUXがそこにある可能性が高いわけです。

だから適当で良いってわけではありません。できる範囲とできない範囲を理解した上で、自分のパートは最高の仕事をしましょうって話です。
それにスマホアプリだったら、UIが寄与できる部分は大きいと思いますよ。特にO2Oね。何かを達成するための時間が最短で済めばビジネスチャンスが増えるハズです。それはGoogleのWebサーバのパフォーマンスの話に通じる技術の話と言えるでしょう。

次のこの資料は、さすが秀逸ですね。UX、UIの範囲についてすごくわかりやすい資料だと思います。

ネットでは誤解されるの嫌なのであんまり言わないけど、UI/UX上等だと思っていて、UIデザイナーに限らずUXのことを意識するのは不可欠だと思います。それぞれのパートがたとえ部分集合の話だったとしても、どれもこれもUXを実現するための重要なパートだということを意識することは必要でしょう。とりわけスマホアプリのUIデザインにおいては、その重要性は間違いなく高くなっているからだと考えます。ただしそれはアプリUIだけではなく、サーバ側apiの話もセットですね。つまりアーキテクチャ全体の話だし、もっと言えばビジネス全体の話だと思うのです。

つまりサポートであったり、商品の仕入れや支払い周り等々全ての業務が円滑に周ることが、Webブラウザやアプリの向こうにいるユーザーへの良質なレスポンスを規定し、それはすなわち良いUXのことではないかと思うからです。

なお最後に余談だが、浅野さんの資料と以下の黒須教授のこの議論と、wikipediaに書いてある「システム」を見ると、実は「UX」と「システム」という言葉はすごく類似しているように感じる。

UX/UI – U-Site
システムをwikipediaで検索

UI/UXにおける議論って、システム工学の人からすると、いつか来た道ってことなんでしょうね。きっと。
昔は個別の機械=UI、システム=UXみたいな分類だったのだと思います。改めて見てみると、僕が書いた物質主義という言葉そのものがwikipediaに書いてあってワロタ。個々の製品にフォーカスするなよ、もっと全体を見ろよ!って先人の愚痴がそこに含まれているように感じます。何故日本はiPhoneを作れないのか?!という話で、垂直統合だの水平統合だのとさんざん言われた文脈ですかね。

Human Systemは素敵なアルバムでした。いじょう。ただの息抜きでした。

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