ネットで人を信用するための材料

ベビーシッターの事件、頼んだ親の側に対する非難の声も少なくないようですが、事件を結果からたどれば、大体、最初の選択肢が間違っていたというのは往々にしてあることで、問題はその時点で気がつけたのかということです。

問題が起きた時に、安かろう悪かろうと責めるのも、世の中ありがちなパターンなのですが、今回は本当にそれが問題だったのかというのもよくわからない部分があります。プロではなかった、というのも登録や資格の問題なのかと一概に言い切れないのも世の常。もちろんリスクを回避するための材料にはなりえますが、それこそ掲示場などで指摘されている、「もし相手が性犯罪者だったら!?」というのは、もはや資格や登録情報では判断できません。悪徳医師なんて言葉もあるじゃないですか。(もちろん可能性は減るハズです)

はてなの匿名ダイアリーにベビーシッターさんの選び方が詳しく書かれた記事がアップされていました。

シッターの選び方、利用の流れ

惜しむらくは、この記事もまた匿名で書いてあるわけで、インターネットで不確定な情報を自然に受け入れる判断も、受け入れる側のリテラシーに依存するわけです。

またイケダハヤト氏はblogでこう書かれていました。

時間・金銭に余裕がない人ほどハイリスクなサービスを利用する

「ネットでベビーシッターを探すなんて、親が無責任すぎる」という人に伝えたいこと

これはごもっとも。

言い換えると、強い必要性を感じている人は、その情報に対する判断が甘くなるということではないでしょうか。

必要なわけですからね。

また、過去に問題があったシッターさんに違う名前でたどり着いて、同じ人に預けてしまったという話も見かけましたが、頼みたい条件が厳し目であれば、同じ人にたどり着いてしまうこともよくあること。その時点で、その検索条件は怪しいよ、とアドバイスしてあげられるような人がいれば、もしかしたら回避可能な話だったのかもしれません。

おそらくスマートフォンや携帯電話を使ってサービスにアクセスしたのかなと想像されますが、スマートフォンを、自分の都合の良いサービスを見つけられる魔法の箱だと信じていればこそ起きてしまった事件なのかもしれません。インターネットでサービスを提供する側の視点からしても、こういう状況に対する信用の構築というのは、現時点ではすごく難しい問題だと感じます。

今回のケースは確かに結果論から見ると避けられる材料はいくつもありそうで、それがネット上、さまざまなところで議論になっているツッコミ所なのは理解できるのですが、そうでなくてもベビーシッターに限らず、こういったトラブルは今後も増加しいてくと思っています。

そこで規制を作るという、今までの日本らしい社会のあり方ではなく、もっとソーシャルインフラで解決できないか!?というのを考えるのがネット関係者の責務ではないかと思ってはいます。最終的に、人は他人に評価され、紹介しあうことでしか信用を構築できないので、結局はなにがしかの社会的なネットワークを作ることでしか改善できないと思っています。

STAP細胞の件では、信用の連鎖で成り立っている博士号の世界で剽窃等による大きな問題も起きているのも事実。意図的かそうでないかは別として、なにがしかの悪意に基づく問題というのは、決して100%解決できるものではありません。

ただ、今のオープンインターネットにおける信用問題というのは、SNSというビジネスとは違う視点でソーシャル的にうまく解決していかないといけないと思う事案だと思います。特にスマートフォンでは、2chで鍛えられたPCインターネットのマニアなら持っているハズの嘘を見抜くネットリテラシーを期待するのは難しいと思いますので、悪意があるかないかに関わらず、今後もこういう事件は起きると思います。

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